人事労務Ⅰ F/U NO.11

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[法律情報]新型コロナウイルス感染患者と応招義務

(執筆者)日本医師会総合政策研究機構 主任研究員 王子野麻代 / 日本医師会常任理事 石川広己

(法律監修)銀座中央総合法律事務所 弁護士 高山烈


中国武漢市から始まった新型コロナウイルスの感染拡大は、およそ3か月で感染者数は40万人を超え、死者1万8,000人以上(注1)にのぼる世界的な大流行(パンデミック)(注2)となり、その猛威により世界の社会経済が甚大な影響を受ける事態になっている。中でも欧州の感染者は世界の全体の約半数を占め、死者は6割に達した(注3)。イタリア国立高等衛生研究所によると、21日の時点で約3,700人の医師や看護師が新型コロナウイルスに感染し、残されたスタッフが長時間の勤務態勢により維持されているが、それも限界にきている(注4)。イタリア政府は感染が集中する同国北部の医療現場を支えるため、300人の医師を緊急募集したところ、早くもその24時間後には募集人数を大幅に超える7,923人の医師が支援に名乗りを上げた。また、英国においては既に引退した医療関係者約12万人が政府の呼びかけに応じて復職の意を示した(注5)。自らも感染するかもしれないリスクと隣り合わせの医療現場での活動に躊躇しない医療に携わる人間の献身的な姿勢に、ただただ感服するばかりである。

日本国内においては、死者数は45人、感染者数は1,292人(3月27日現在)となり、依然として日に日に感染者数は増え続け、まだ予断を許さない状況といわれている。あらかじめ指定された感染症医療機関は非常に限られたものであることから、新型コロナウイルス感染患者数の急増に対処しうるよう医療提供体制の再構築が急ピッチで進められている。時々刻々と変わる事態を追うことさえ難儀であるのに、休校により学童期の子をもつ医療従事者の休職に伴う人手不足等も重なる状況下で、医療現場は不眠不休を余儀なくされている。そのようななか、厚生労働省は、新型コロナウイルス感染患者に対する医師法第19条第1項の応招義務についての見解を示した。


医師法第19条第1項には、「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」旨の定めがある。これは医師が国に対して負担する公法上の義務であり、医師の患者に対する私法上の義務ではない(注6)。どのようなことが「正当な事由」にあたるかについては、「それぞれの具体的な場合において社会通念上健全と認められる道徳的な判断によるべきである」と解されている(昭和24年9月10日, 医発第752号)。同項の義務違反に対する直接的な罰則規定はないものの、行政処分(注7)や民事(注8)刑事上(注9)の責任を問われることが全くないわけではない。

昨年12月には、近年の医療提供体制の変化や医師の働き方改革といった観点も踏まえ、医師法上の応招義務の法的性質をはじめ、患者を診療しないことが正当化される事例の整理が示された(令和元年12月25日厚生労働省医政局長通知)。感染症については、「特定の感染症へのり患等合理性の認められない理由のみに基づき診療しないことは正当化されない。ただし、1類・2類感染症等、制度上、特定の医療機関で対応すべきとされている感染症にり患している又はその疑いのある患者等についてはこの限りではない。」旨の明記がある。

これに照らせば、今般の新型コロナウイルスは感染症法上の指定感染症(2類感染症相当)であることから、当該感染患者への診療拒否は「正当な事由」に該当するようにも思えるが、厚生労働省は本年3月11日の通知(注10)において『患者が発熱や上気道症状を有しているということのみを理由に、当該患者の診療を拒否することは、応招義務を定めた医師法…第19条第1項…における診療を拒否する「正当な事由」には該当しない』とし、「診療が困難である場合は、少なくとも帰国者・接触者外来や新型コロナウイルス感染症患者を診療可能な医療機関への受診を適切に勧奨すること」という考えを示した。


とはいえ、実際のところ、新型コロナウイルス感染症に対する医療提供体制は、事態の状況に応じて時間的場所的に著しく変化しており、どの時点でどの医療機関がどこまでの応招義務を負うのかを判断することは極めて困難であるように思われる。

そもそも都道府県に設置された「帰国者・接触者相談センター」には電話が繋がりにくいという状況であり、医師会が支援にのりだすところも出てきた。医師が検査を必要と判断しても保健所から検査を拒否されるという事例に対しては、その背後に検査体制の限界という問題が潜む。また、本来であれば指定感染症医療機関が対応するところ、感染患者数の急増に対処しうるよう指定医療機関以外の入院病床の確保が進められ、「帰国者・接触者外来」は地域によっては設置数の限界にきており、増設に向けたさらなる整備が検討されている。つまり、医療提供体制が随時見直されるなか、地域によって整備状況や進捗等は異なり、医師が患者をしかるべきところに紹介したくてもできないという状況が起こりうる。

また、一般医療機関で検査ができるよう求める意見もあるが、現時点で主流となっているPCR法による検査は、鼻腔や咽頭から検体を採取するときに医療従事者が感染するリスクがあり、それが引き金となって院内感染に発展するおそれもある。そのため検査時にはサージカルマスク等及び眼の防護具(ゴーグル又はフェイスシールド)、ガウン、手袋を装着の上で行うことが必要になるが、これら医療物資自体が慢性的な不足に陥っている。そのため、このような医療物資をはじめ患者を受け入れる環境が整備されている医療機関が「帰国者・接触者外来」を担っているのが現状である。また、有効な迅速診断キット、治療薬やワクチンの開発が未確立なことも、対応できる医療機関は非常に限られてくるやむを得ない理由の一つともいえる。

仮に、陽性患者が発生した場合、医療機関は保健所等の指導の下で消毒等を行うまでは施設の自主的な一時休診を余儀なくされることもある。風評被害の問題も浮上している。これらは医療機関にとってのリスクのみならず、患者にとっても、その医療機関が地域の基幹的な存在であればあるほど、感染対応以外の一般診療の医療体制の確保を危うくすることにもなる。3月19日、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部より、「新型コロナウイルス感染症の患者数が大幅に増えたときに備えた入院医療提供体制等の整備について」との通知が発出され、地域における医療提供体制は今後さらに時間的場所的な変化を遂げることになるだろう。医療物資の調達しかり、医療提供体制を確保するためには国と自治体の協力が必要不可欠であり、一方的に、応招義務という形で医師に対して過度なプレッシャーを与えることのないようにと願う。

最後に、感染により重症化しやすい基礎疾患患者を診るかかりつけ医はもとより、専門機関である指定感染症医療機関、さらには「帰国者・接触者外来」が全国に335ある二次医療圏(注11)に1か所という配置基準を大幅に上回る1,071施設(注12)が整備されたことは、感染患者の生命と健康を守ることに対する医療機関の覚悟が窺える。しかし現下の危機的状況を考えれば、国や自治体、医師会も含めすべての医療に関係の今後ますますの一致団結を期待せざるを得ない。


[脚注]

  • 注1)新型コロナウイルス感染症対策本部(第23回)資料(令和2年3月26日開催)
  • 注2)世界保健機関(WHO)は、2020年3月11日、世界で感染が広がりつつある新型コロナウイルスについて、「パンデミック(世界的な大流行)」とみなせる」と表明した。(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年3月19日))
  • 注3)米国ジョンズ・ホプキンス大学の集計(日本時間3月23日)(出典:朝日新聞「世界の感染者数35万人」2020年3月24日)
  • 注4)朝日新聞『3700人感染「今すぐ人材を」■保護具が不足、再利用 イタリア医療現場の叫び』
  • 注5)TBS NEWS「英・ボランティアに25万人超の応募、新型コロナ対策の医療サービスで」2020年3月26日.
  • 注6)厚生労働省医政局長通知「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」医政発1225第4号, 令和元年12月25日.
  • 注7)昭和30年8月12日医収第755号「所謂医師の応招義務について」は、「医師が第19条の義務違反を行った場合には罰則の適用はないが、医師法第7条にいう『医師としての品位を損するような行為のあったとき』にあたるから、義務違反を反復するが如き場合において同条の規定により医師免許の取消又は停止を命ずる場合もありうる」としている。
  • 注8)神戸地決平成4・6・30(判時1458号127頁・判タ802号196頁)は、「医師法19条1項は、…直接には公法上の義務であり、したがって、医師が診療を拒否した場合でも、それが直ちに民事上の責任に結びつくものではないというべきである。しかしながら、…右応招義務は患者保護の側面をも有すると解されるから、医師が診療を拒否して患者に損害を与えた場合には、当該医師に過失があるという一応の推定がなされ、同医師において同診療拒否を正当ならしめる事由の存在、すなわち、この正当事由に該当する具体的事実を主張・立証しないかぎり、同医師は患者の被った損害を賠償すべき責任を負うと解するのが相当である」と判示した。これに対し、「過失の「推定」は行き過ぎであり、結果予見・回避義務の判断において考慮するにとどめるべきである」とする意見もある(平沼直人「医師法」民事法研究会, 2019.)。
  • 注9)東京高判昭和47・11・30は、応招義務違反が業務上過失致死罪の注意義務違反を構成するとした。
  • 注10)厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部通知「新型コロナウイルス感染症が疑われる者の診療に関する留意点について」令和2年3月11日.
  • 注11)二次医療圏(平成30年4月1日時点)。
  • 注12)帰国者・接触者外来の設置数(3月19日17時時点)。