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医療刑事裁判の裁判費用

(執筆者)日本医師会総合政策研究機構 弁護士 水谷渉


1.はじめに

医療刑事裁判には、多額の費用がかかる。誰にどのようなお金を払う必要があるのか、また、損害保険や国の制度でカバーされる部分はどの程度なのか、あまり知られていない。長期間裁判の負担に苦しめられ、仮に、無罪になったとしても、国の補償は低額でかなりシビアな負担を強いられる。

国の裁判制度が、何らの責めを負わない特定の個人に、このような過酷な負担を強いてよいのであろうか。


2.誰にどのようなお金を払う必要があるか

(1)弁護士費用(注1

弁護士に対して費用を払う必要がある。弁護士の費用は、事件をスタートするにあたっての着手金と終了時に払う報酬がある。

刑事事件の場合、捜査開始から起訴不起訴までの「起訴前弁護」と起訴後の「起訴後弁護」の二種類がある。

起訴前弁護の目的は、担当検事に「不起訴」の判断をしてもらうことであり、過失や因果関係の不存在を示す主張・立証を行い、または、患者側が医療機関を許して示談しているなどの不起訴とすべき情状を主張・立証する活動である。また、身柄拘束を許す裁判官の判断に異議を述べたり、捜索差し押さえに異議を述べたりすることもある。一般に弁護士の活動は、法廷でのやり取りに限られているかのように誤解されることは多いが、とくに医療刑事事件の場合、この起訴前の弁護活動で不起訴とすることが重要である。

起訴後の弁護は、法廷で依頼者に有利な主張・立証を行うものであり、一般的な弁護活動のイメージに沿うものであろう。

それぞれの活動に対して、着手金・報酬の支払いを求められる場合がある(法テラス(注1)の報酬体系も「起訴前弁護」と「起訴後弁護」に分かれているが、法テラスの支払い体系は報酬と費用のみである)。

また、事件の規模が大きくなれば、複数の弁護士を付す必要があり、人数が増えれば増えるほど、費用がかさむ。

さらに、弁護士費用は、第一審、控訴審、最高裁ごとに着手金・報酬と請求される場合がある。

逮捕後に勾留された場合には、国選弁護人がつけられるが、医療に詳しい弁護士をチョイスすることはできないため、私選弁護人に依頼するケースがほとんどである。私選弁護人を選任すれば、国選弁護人は解任される。

法廷の実施回数は数十回に及ぶこともあり、交通費・宿泊費だけでも高額となってしまう。


(2)鑑定書・意見書作成費用

裁判所や検察庁に対し、証拠として有力なものは、大学教授などの専門家の意見書・鑑定書である。たとえば、ひとつの医療行為であっても、法医学的・病理学的な観点からの意見書、臨床的な立場からの意見書、など複数の意見書が必要な場合も多い。検察側から反論の意見書が出れば、それに対応した意見書をさらに作る必要がある。また、第一審、控訴審、最高裁と審級が進むごとに争点が変わることがあり、それに応じた意見書が必要となる。

意見書の作成だけでなく、裁判所に出頭をお願いし、証言をいただく場合があり、その場合は別途謝金を払うことも多い。


(3)保釈保証金

逮捕・勾留されたまま起訴された場合、起訴後に証拠隠滅や逃走の恐れがないとされた場合、保釈の請求ができる。保釈には、保釈保証金を裁判所に納付する必要がある。これは、保釈を請求する人の資力に応じて裁判所が決定する。数百万円の納付を求められるのが通常で、裁判が終われば(有罪であっても)返還されるが、裁判が終わるまで、数百万円の保釈保証金を塩漬けにしておかなければならない。なお、薬害エイズ事件で起訴された元教授の医師は2億円の保釈保証金の納付が求められた。


3.損害保険や国の制度等でカバーされるか

(1)医師賠償責任保険

大手損保会社が販売している、医師賠償責任保険は、基本的には、民事の損害賠償責任に対応するものとして設計されている。

しかし、平成25年ころから、これに限度額を500万円とする刑事弁護費用特約が付帯され弁護士費用が払われるようになった。

これは、保険加入者が刑事事件の対象者となり、警察が事件として立件して検察庁に送致したとき支払事由に該当することになる。しかし、送致された事件が「不起訴」か、起訴後に「無罪」となれば支払いは受けられるが、有罪になった場合には、支払われないことになる。

なお、看護師向けの看護師賠償責任保険には、刑事弁護費用特約は付されていない。


(2)国からの費用の支払い

有罪の判決を受けた場合、たとえ数十万円の罰金であっても、有罪となれば、刑事弁護の費用は原則として被告人の負担となる。

無罪の判決が確定した場合には、刑事補償法により、身柄拘束を受けた日数に応じて、1日あたり1,000円から1万2,500円の間で補償金が支払われる。

また、無罪の判決が確定した場合には、刑事訴訟法により、「旅費、日当、宿泊料、弁護人に対する報酬」が支払われる。しかし、被告人が実際に支払った弁護士費用全額が支払われるわけではなく、通常の相場よりかなり低額である。


4.クラウドファウンディング

このように、刑事弁護には多額の費用が必要とされることから、再審事件等では、クラウドファウンディングで募金を集めるケースが出てきた。クラウドファウンディングは、お金を集めるだけでなく、社会に裁判の問題点を知ってもらうためにも有効な手段であると思われる。

しかしながら、クラウドファウンディングは、その運営会社に手数料として、募金額の1~2割程度の手数料を払う必要がある。また、贈与として、贈与税が課税されうることにも注意をしなければならない。

基礎控除後の課税価格 税率 控除額
200万円以下 10%
300万円以下 15% 10万円
400万円以下 20% 25万円
600万円以下 30% 65万円
1,000万円以下 40% 125万円
1,500万円以下 45% 175万円
3,000万円以下 50% 250万円
3,000万円超 55% 400万円

国税庁ホームページ

[脚注]

  • 注1)一般的な弁護士報酬の目安については、2008年の日弁連の「市民のための弁護士報酬ガイド」を参照。ただし、このガイドに記載されている刑事事件は事案簡明な交通事故の弁護報酬についてである。
  • 注2)総合法律支援法に基づき、平成18年4月10日に設立された法務省所管の公的な法人。
(公開日 : 2020年09月29日)