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《「公益通報者保護法」改正》
内部通報者への解雇・懲戒処分に刑事罰
(執筆者)社会保険労務士法人 伊藤人事労務研究所
職場の不正を内部通報した人を守るためのルールが強化されました。通報者に対して解雇や懲戒処分などの報復をおこなった企業には最大3,000万円の罰金が科されます。さらに、意思決定に関与した個人にも拘禁刑または罰金が科されるという、非常に重いペナルティとなっています。
これは大企業だけの問題ではありません。業種や企業規模を問わず、あらゆる事業者が対象となる改正ですので、内容を詳しく確認していきましょう。
企業や官公庁で不正を内部通報した人を守る「公益通報者保護法」の改正案が、2024年6月4日に成立し、同月11日に公布されました。改正法は、公布日から1年6ヶ月以内に施行される予定です。
① 公益通報者保護法とは
公益通報者保護法は、「内部告発」した人を守るための法律です。会社や役所などで法令違反や犯罪行為を見つけた場合に、その事実を社内の通報窓口や行政機関、あるいは報道機関などに知らせた人が、解雇や減給などの不利益な扱いを受けないように保護するものです。
ただし、どんな内容の通報でも保護されるわけではありません。「国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律」として定められたものに違反する犯罪行為または過料の対象となる行為などに関する通報です。
たとえば、有害な物質が含まれる食品を販売すること(食品衛生法違反)、無許可で産業廃棄物の処分をすること(廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反)などが該当します。
金品を要求する目的の通報や、嫌がらせで通報した場合など、不正な目的でおこなわれた通報は保護の対象外です。

② これまでの問題点
現在の公益通報者保護法では、通報を理由とした解雇や懲戒処分を禁止しているものの、違反した場合の罰則規定がありません。そのため、いわゆる報復人事が後を絶たず、十分な抑止効果が得られていないという指摘がありました。
今回の改正案では、通報者保護の実効性を高めるため、次のような大きな変更が盛り込まれています。
③ 企業と個人、両方に重い罰則
事業者が公益通報を理由に解雇や懲戒処分をおこなった場合、意思決定に関与した個人には「6ヵ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金」が科されるとともに、法人にも「3,000万円以下の罰金」が科されます。個人と法人、両方が重いペナルティを受けることになるのです。
また、「直罰」であることもポイントです。通常は違反に対してまず指導・勧告・命令などの行政的な段階を踏んでから、それでも従わない場合に刑罰が科されることが多いのですが、「直罰」はそうした段階を踏まずいきなり刑罰の対象となる制度です。
なお、解雇や懲戒処分だけでなく、たとえば閑職に追いやるなど、通報後の不当な配置転換についても問題視する声が上がっていましたが、今回は刑罰の対象から除外されています。
④ 1年以内なら「通報が理由」と推定
さらに、通報後1年以内(※)に解雇や懲戒処分がおこなわれた場合は「通報を理由としたもの」と推定される仕組みが導入されます。通報とは関係ない正当な理由があった場合は、事業者側がそのことを証明しなければならないのです。
証明できなければ、解雇または懲戒処分が無効と判断されることになります(証明できなければ刑罰が科されるわけではありません)。
(※)通報があったことを知って解雇または懲戒をした場合は、知った日から1年以内。
⑤ 通報を妨げる行為の禁止
事業者が労働者などに対して、正当な理由もなく「公益通報をしない」との合意を求めたり、通報そのものを妨げるような行為をすることは、法律で禁止されます。仮にそのような合意がされたとしても、その合意は法律上「無効」とされます。
また、正当な理由なく通報者を特定しようとする行為も、原則として禁止されます。
⑥ 公益通報者の範囲拡大
これまで、公益通報者保護法の対象となるのは「企業の労働者」とされており、正社員や契約社員だけはなく、アルバイト、パート、派遣社員のほか、役員や退職から1年以内の退職者なども含まれていました。取引先の労働者等も含まれます。
今回の改正では、さらに対象が拡大され、企業と直接の雇用関係がないフリーランスや業務委託先の個人も新たに保護の対象となります。また、業務委託契約が終了してから1年以内のフリーランスも含まれます。
これにより、通報したことを理由に業務委託契約を解除したり、その他の不利益な取り扱いをおこなうことが禁止されます。
⑦ 通報対応体制の強化(従業員300人超の企業)
今回の改正では、従業員が300人を超える企業に対して、内部通報体制の整備・運用に関する責任が大きく強化されました。主な改正点は以下の2つです。
- (1) 通報対応担当者の指定を怠ると罰則の対象に
- (2) 監督・調査権限の強化
- 勧告に従わなければ命令を出せる
- 命令にも従わない場合、30万円以下の罰金(両罰規定あり)
- 立入検査をおこなうことができる
- 企業が報告を怠る、虚偽報告、検査拒否などをした場合も、同様に罰金の対象に
通報を受けて対応する担当者(従事者)をあらかじめ決めておく義務があります。これを怠ると、30万円以下の罰金が科される可能性があります。
この罰則は企業だけでなく、経営陣などの個人も対象となります。
これまでより厳しく企業をチェックできるように、消費者庁の監督や調査の権限が次のように強化されました。
⑧ 通報体制の不備も通報の対象に(従業員300人超の企業)
今回の改正により、企業が通報対応の担当者(従事者)を指定していないといった、内部通報体制の不備そのものも、通報の対象に含まれるようになりました。
つまり、制度を整えていないこと自体が「通報される理由」になり得るということです。
全事業者 | |
不利益取扱いへの罰則導入 | 通報を理由に解雇や懲戒処分をおこなうと
|
立証責任の転換 | 通報後1年以内に解雇・懲戒があれば「通報が理由」と推定。 正当な解雇・懲戒であることの立証責任は企業側にある |
通報者の範囲拡大 | フリーランス・業務委託先の個人も保護対象に |
従業員数300人超の事業者 | |
通報担当者の指定義務 | 通報対応担当者(従事者)の未指定に30万円以下の罰金(個人・法人ともに) |
消費者庁の監督・調査権限強化 | 命令権、立入検査権、報告懈怠・虚偽報告・検査拒否への罰則(30万円以下の罰金、両罰規定)導入 |
体制不備の通報対象化 | 従事者の未指定など内部通報体制の不備も通報対象に |
