人事労務 F/U NO.44
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主に医療機関や介護福祉関係にお勤めの方向けに、役立つ人事・労務関係の情報を定期的に配信しています。
1.カスハラで社員が病気になったら会社の責任?
2.就活セクハラの防止策
(執筆者)社会保険労務士法人 伊藤人事労務研究所
1カスハラで社員が病気になったら会社の責任?
顧客からの理不尽なクレーム・嫌がらせによって体調を崩してしまう社員がいます。
このような場合、会社が責任を問われるのでしょうか?
企業として適切な対応をしていない場合、被害を受けた従業員から責任を追及される可能性があります。裁判で、会社の責任が認められた例もあります。
近年、顧客等からの著しい迷惑行為、いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)が社会問題となっています。ひどい暴言、著しい不当な要求、脅迫や暴行がおこなわれることもあります。
カスハラによる従業員への影響は、精神的な負担が大きく、業務のパフォーマンスの低下をはじめ、深刻な場合には健康不良や精神疾患を招き、休職や退職につながるケースもあります。
① 防止対策は義務ではないが
セクハラ、パワハラについては、防止措置を講じることが企業に義務付けられているのに対し、カスハラについては「取り組むのが望ましい」というレベルにとどまり、義務とはなっていません。
また、セクハラやパワハラは社内の従業員同士のことですから、未然防止のための社内研修をおこなったり行為者に懲戒処分をおこなうこともできますが、カスハラは社外の、それも顧客が相手であるため対応が難しく、何も対策できていないという企業も多いでしょう。
しかし、企業には安全配慮義務があります。使用者として適切な対応をしていない場合、被害を受けた従業員から責任を追及される可能性もあるのです。実際、使用者の責任が認められた例もあります。
② 使用者の責任が認められた例
看護師が病院での勤務中に入院患者から暴行を受け、使用者である医療法人に安全配慮義務違反が認められた例があります。
この看護師は、自分が担当する部屋の患者から暴行を受け、助けを呼ぶためにナースコールを押しましたが、他の看護師はこの部屋の担当ではないため直ちにかけつけることはなく、対応が遅れた結果、傷害を負いました。
この病院では、看護師がせん妄状態や認知症等の患者から暴行を受けることは日常的にあったといいます。であれば、看護師が患者から暴力を受けている可能性があるということも念頭に置いて、自分の担当外の部屋からのナースコールであったとしても、直ちに応援に駆け付けることを病院側が周知徹底しておくべきでした。その点で、病院側に安全配慮義務違反があると判断されました。
③ 使用者の責任が否定された例
一方で、企業の責任を否定している例もあります。
買い物客とトラブルになったスーパーマーケットの従業員が、必要な配慮をおこなわなかったとして企業に対して損害賠償を請求しましたが、企業の責任が否定されています。
この従業員は、レジでの接客態度に不満を持った客から謝罪を求められましたが応じず、2週間後に同じ客からレジカウンターを叩く、蹴る、身を乗り出すなどの威嚇するような行為を受けました。従業員がレジカウンターの通報ボタンを押し、警察がかけつけてその場を収めています。
裁判では、会社側が(1)クレームへの初期対応を指導していた、(2)店舗責任者の不在時にはサポートデスクや近隣店舗のマネージャー等に連絡できるよう体制を整えていた、(3)カウンターに緊急ボタンが設置されており従業員に周知されていた、(4)深夜は2名体制にしていたことなどから、トラブルが生じた場合の相談体制が十分整えられていたと評価し、企業の責任を否定しています。
④ カスハラを想定して準備を
これらの裁判例から見えてくるのは、起こりうるカスハラを想定し、事前に準備しておくことが大切であるということです。
厚労省が公表している「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」においても、カスハラを想定した事前の準備として「対応方法、手順の策定」「社内対応ルールの従業員への教育・研修」などに取り組むべきと示されています。
従業員を守り、安心して働ける職場環境を作るためにもカスハラ対策に取り組むべきでしょう。
2就活セクハラの防止策
就活セクハラの報道を時々見かけます。当社ではそのようなことをする社員はいないと信じていますし、就活中の学生から苦情が寄せられたこともありませんが、何か防止策を講じておいた方がよいのでしょうか?
就活セクハラ対策については、義務ではなく「取り組むことが望ましい」とされており、まだまだ取組を実施できている企業は少ないようです。
厚生労働省の調査(注)によると、就活生の4人に1人が就活セクハラを経験しているといいます。一方で、過去3年間に就活等セクハラの相談があったと答えた企業は0.5%にとどまっています。
苦情が寄せられないから何もしなくてよいということはありません。自社の採用活動の中で就活セクハラが起きていても、企業が把握できていないだけである可能性が高いのです。
(注)厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査」
① 企業がとるべき対策
企業がとるべき対策は、就活生などに対してもハラスメントをおこなってはならない旨を社員に周知し、違反した場合の懲戒処分を定めておくことです。面接の場だけでなく、インターンシップやOB訪問でセクハラが起きることも多いため、採用選考に関わる社員だけでなく、全社員に研修などで周知しておく必要があります。
その際、どのような言動が就活セクハラになるか具体的に例示しておくとよいでしょう。
なお、女子学生だけでなく、男子学生に対する性的な冗談やからかいなども就活セクハラに該当します。
② 個人的に会う場合は要注意
また、近年では就活生とOB等をつなぐマッチングアプリを利用して、企業のあずかり知らないところで個人的に会うケースも増えています。こうした個別対応では重大な犯罪行為が発生しやすいため注意が必要です。
就活生と会う場所や時間帯を制限したり、訪問予定の事前報告や面談後の報告を義務付けるなど、OB訪問のルールを設けている企業もあります。または、個人的なOB訪問は禁止して、就活生にも伝わるようにその旨をホームぺージに掲載しておくのも1つの方法でしょう。