人事労務Ⅰ F/U NO.10

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[法律情報]クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の検疫体制及び医療支援と検疫法

(執筆者)日本医師会総合政策研究機構 主任研究員 王子野麻代 / 日本医師会常任理事 石川広己

(法律監修)銀座中央総合法律事務所 弁護士 高山烈


中国武漢市で最初のCOVID-19感染患者が確認されてから、約2か月が経つ。今や中国のほか世界31の国と地域に感染が広がり、感染者数は7万9369人、死亡者数は2,619人にのぼる(2月24日18時時点)(注1)。

日本においては、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」における集団感染が深刻な問題となっている。船内では中国に次ぐ感染者数が発生しており、その高い感染率に世界中が注目している。政府は乗客全ての検体採取を終え、19日から順次下船を始め、21日にすべての乗客が下船し、クルーズ船対応は一つの節目を迎えた。

以下、これまでの経緯を概観する。


1.クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の検疫体制と感染者数

クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」は、1月20日に横浜港を出発し、香港、ベトナム、台湾などに立ち寄り、2月3日横浜港に到着した。2月5日から臨船検疫が始まり、当時、船内には3,711人(乗員1,045人、乗客2,666人)が乗船していた。検疫法上、検疫が終るまで船から上陸できないのが原則である(検疫法第5条本文)。今回、PCR検査の陽性者、心筋梗塞の人などは「緊急やむを得ない」ものとして、例外的に下船が許可された(検疫法第5条第3号)。


感染症法 第5条
医師は、外国から来航した船舶又は外国から来航した航空機(以下「船舶等」という。)については、その長が検疫済証又は仮検疫済証の交付を受けた後でなければ、何人も、当該船舶から上陸し、若しくは物を陸揚げし、又は当該航空機及び検疫飛行場ごとに検疫所長が指定する場所から離れ、若しくは物を運び出してはならない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
検疫感染症の病原体に汚染していないことが明らかである旨の検疫所長の確認を受けて、当該船舶から上陸し、若しくは物を陸揚げし、又は当該航空機及び検疫飛行場ごとに検疫所長が指定する場所から離れ、若しくは物を運び出すとき。
第十三条の二の指示に従つて、当該貨物を陸揚げし、又は運び出すとき。
緊急やむを得ないと認められる場合において、検疫所長の許可を受けたとき。

※傍線は筆者によるもの


隔離による健康観察は感染拡大防止のために必要な措置ではあるものの、潜伏期間が経過するまでの14日間は、乗船者にとって不安やストレスを抱える日々であることは想像に難くない。特に基礎疾患を抱える高齢者などは持病の悪化による健康障害のおそれが懸念されていた。これに対し、政府は2月14日以降、80歳以上の方で、「船内で窓のない部屋と、窓はあっても開閉できない窓しかない部屋で生活されている方」、「基礎疾患などを抱えている方」は、本人の希望により新型コロナウィルス検査を実施する体制とし、検査結果が陰性の場合、下船を可能とする方針に見直した。ただし、下船後、潜伏期間が解消するまでの間は、政府が用意する宿泊施設において過ごすこととされた。その後、79歳以下の方についても同様の対応が順次進められた。

2月19日で潜伏期間14日間が経過した。発熱・呼吸器症状等の症状がなく経過し、ウイルス検査で「陰性」であることが確認された乗客については、新型コロナウィルス(注2)に感染しているおそれはないとして、検疫法第5条第1号に基づき、検疫所長から順次上陸が許可され、下船し、日常の生活に戻ることができるものとしている。

2月25日午前6時現在(注3)、PCR検査結果が陽性であったのは691人(乗客551人、乗員140人)であった。陽性の方は下船し、医療機関に搬送され治療を受ける。感染確認された乗客2人が医療機関入院後に死亡した。また、船内の検疫関連業務にあたる検疫官と厚生労働省職員、医療支援に従事した医療関係者の感染も確認されている。


2.船内の医療支援

船内の医療資源としては、十分な医療器材や医療従事者がいるわけではなく非常に限られたものである。一定期間、閉ざされた空間での隔離を余儀なくされる約3,700人の乗客と乗員の生命と健康を守るために、船内の医療支援の確保は急務であった。

これに対し、政府は医師、看護師、薬剤師を船内に派遣するとともに、医薬品等の配布・相談対応を施している。具体的には、もともと乗船している船医、防衛省の医官、医師・薬剤師などの厚生労働省の職員のほか、精神科医師などで構成されるDPAT(災害派遣精神医療チーム)(注4)や災害発生直後から活動できる機動性を備えたDMAT(災害派遣医療チーム)(注5)が派遣されている(注6)。日本環境感染症学会の災害時感染制御支援チーム(DICT)や大学病院等の専門家も派遣されていた。しかしながら、乗客の多くには診察チェックなどの手が廻らず、日本医師会に乗客等への診療や健康管理等について国から要請があった。これを受け、日本医師会はJMAT(日本医師会災害医療派遣チーム)体制を構築・派遣し、官民協働により感染症対策のみならず一般診療と健康管理も含めた医療支援体制を構築した。

JMAT(日本医師会災害医療派遣チーム)(注7)は、東日本大震災以降、自然災害が発生した際にチームを派遣し被災者の医療と健康支援を行うのが主であるが、マスギャザリング(注8)災害・CBRNE(注9)災害対応の準備も行っていた。今回、船内の約3,700人の乗員・乗客に対する医療や健康支援であったことから、マスギャザリング災害に相当するものとして国の要請に応えて派遣するに至った。


3.おわりに

世界が注目するクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」は、“乗客”の下船という一つの節目を迎えたものの、“乗員”の検疫が続いている。これまでの対応に対しては様々な立場から賛否両論が報じられているが、今後、国において事実関係を整理したうえで事後検証が行われることが重要となる。


[脚注]

    • 注2)新型コロナウィルスは検疫法上の検疫感染症に指定されている。「新型コロナウィルス感染症を検疫法第三十四条の感染症の種類として指定する等の政令」(令和2年政令第28号)
      注4)DPAT(Disaster Psychiatric Assistance Team:災害派遣精神医療チーム)とは、自然災害や犯罪事件・航空機・列車事故等の集団災害が発生した場合、災害ストレス等の精神保健医療への需要に対して、専門性の高い精神科医療の提供と精神保健活動を行うために専門的な研修・訓練を受けたチームである。(出典:「災害派遣精神医療チーム(DPAT)活動要領について」平成29年5月2日)
      注5)DMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害派遣医療チーム)とは、大地震及び航空機・列車事故等の災害時に被災者の生命を守るため、被災地に迅速に駆けつけ、救急治療を行うために専門的な研修・訓練を受けたチームである。(出典:「日本DMAT活動要領」平成28年3月31日改正)
      注7)JMAT(Japan Medical Association Team:日本医師会災害医療派遣チーム)とは、被災者の生命及び健康を守り、被災地の公衆衛生を回復し、地域医療や地域包括ケアシステムの再生・復興を支援することを目的とする災害医療チームである(出典:日本医師会「JMAT要綱」)。自然災害への派遣が主であるが、マスギャザリング災害やCBRNE災害にも対応しうるよう教材の作成および研修も行っている。
      注8)マスギャザリングとは、「一定期間に、限定された地域に、同一目的で集合した多人数の集団」のことである。1,000人以上を基準とする定義が多いが、医療対応準備は25,000人以上の場合に必要となると考えられている(出典:日本医師会・東京都医師会監修「大規模イベント医療・救護ガイドブック」へるす出版. 2019)。
      注9)CBRNE(シーバーン)とは、化学(Chemical)、生物(Biological)、放射性物質(Radiological)、核(Nuclear)、爆発物(Explosive)の頭文字をとった総称である。これらにより発生した災害をCBRNE災害という。Cテロであった地下鉄サリン事件(1995年)、N災害であった福島第一原発事故(2011年)は世界的に最大規模のものである。