人事労務 F/U NO.45

人事労務基礎講座 フォローアップ
≪判例・事例紹介、法改正情報など≫
主に医療機関や介護福祉関係にお勤めの方向けに、役立つ人事・労務関係の情報を定期的に配信しています。

賃金の時効延長より3年

労働時間は正しく把握できていますか

(執筆者)社会保険労務士法人 伊藤人事労務研究所

令和2年4月より労働基準法が改正され、賃金の時効が2年から3年に延長されました。令和5年4月に3年が経過し、いよいよ未払い賃金訴訟などの請求額が3年分となる時代を迎えます。今回は、未払い賃金の訴訟、あるいは労働基準監督署の調査、過労死の判断などにおいても必ず重要な資料となる「労働時間の記録」について見ていきましょう。


3年前の改正内容とは

未払い賃金の請求期間の延長

令和2年4月1日、民法の時効に関する改正を受け、労働基準法も、①賃金請求権の消滅時効、②賃金台帳の記録の保存期間、③付加金(注1)の請求期間、の延長がおこなわれました。いずれも「5年」に延長されましたが、改正の影響を考慮し、「当分の間3年」となっています。

改正から令和5年3月31日で3年に達し、4月以降、未払い賃金訴訟は3年分請求という時代を迎えることになります。

未払い賃金については以前は時効2年でしたから、例えば未払金が「500万円」だったとすると、3年に延長(1.5倍)されると「750万円」になる可能性もあるということです。

将来は5年(2.5倍)になるわけですから「1,250万円」です。賃金を法律どおりに支払うことがいかに大切であるかということを考えておくべきでしょう。

注1)割増賃金違反などがあった場合に裁判所が未払賃金に加えて支払を命じるもの。

「賃金=労働時間」である

労働基準法では、不払いの労働や長時間労働などを防止するため「賃金=労働時間」という関係を重視しています。働いた時間に対して賃金が正しく支払われているか、法定労働時間を超えて働かせた場合の残業代は正しく支払われているか、ということが問われます。

つまり、賃金の問題は、労働時間の問題です。

未払い賃金を請求される場合、最も多いのは残業代の未払いです。「そもそも残業代を支払っていない」「定額残業代を支払っているが実際の残業時間に足りない」といったケースが多いようです。

しかし「労働時間=利益」ではない

きちんと賃金を支払っていればこのような問題は起きないのですが、社員が労働時間に応じて利益を出してくれるとは限らないということが、経営者にとって悩ましいところでしょう。このことから会社が法定のルールを無視したり、基本給に漠然と残業代が含まれていることにするなど、会社に都合の良い解釈をして支払いを怠ってしまうことがあります。

また、正しい残業代が支払われない会社では、そもそも労働時間の記録もしていない、していても遅刻などのチェックにしか使っていないということがあります。ある程度の規模の会社であっても、タイムカードやICカードなどで記録された時間以外にサービス残業といった隠れ残業時間が問題となるケースもあります。

ペナルティである割増賃金はブレーキだ

そもそも、残業代に割増賃金を加えて支払わなければならないのは、安全な労働時間として定められた法律の限度(法定労働時間、休日、深夜)を超えて働かせることに対するペナルティです。

ブレーキのきかない車

ペナルティを会社が正しく払わないとすると、法律の規制がきかない、車でいえばブレーキがきかない状態になってしまうのです。

社員が健康を害することを望んでいる会社など絶対にありません。しかし、経営上、やむを得ず労働時間を軽視してしまう会社はあります。こうなると、会社に待っているのは未払残業代訴訟や過労死事故なのです。

労働時間を把握する責任は誰に

タイムカードにより社員が出退勤の時刻を打刻するという習慣から、労働時間は社員が記録するものと思われがちですが、法律は会社に労働時間の把握を義務付けています。

まずは、正しい労働時間を把握する責任は、あくまでも会社にあるということを確認してください。

たとえば、サービス残業により社員が長時間労働をして体調を崩したが、タイムカードの集計ではまったく問題がなかったとします。しかし業務メールの履歴や同僚の証言などから長時間労働の実態が確認された場合は、実態としての労働時間によって会社の責任が問われることもあるのです。

どこまで会社はするべきか

正しい労働時間を把握するステップ

記録された労働時間が正しいとは限りません

厚生労働省は、労働時間の把握方法についてガイドライン(注2)を示しており、その中で自己申告制の場合の措置として会社に右図のような取り組みをするよう示しています。

ガイドラインでは自己申告制に「不適切な運用」があるためにこのような取り組みが必要だとしていますが、タイムカードなどを用いる場合も、正しい時間を把握するために必要であることは同様です。

図の①や②は、サービス残業などが社内の習慣として存在することもあることから、経営者の方針を伝える意味で重要なことです。

③については、前日の記録が帰社時刻と一致しているか、記録時間外にメールの送信履歴がないかなど、正しい記録がされているかどうかをチェックする方法はあるはずです。

④については、同僚と待ち合わせて飲みに行ったなど社内に居残った理由があれば、確認するといったものです。

⑤は、「月20時間以上残業してはならない」といった残業時間の上限を設けることですが、長時間労働を防止することに役立つ一方、社員が仕事を優先してしまえば記録外のサービス残業になることもあります。上限時間に達する前に上司に相談させるなど適正に残業時刻を記録させるよう事前の工夫を講じるようにしましょう。

注2)「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン

賃金台帳の記録と保存

賃金台帳

毎月の給与の内容を一覧にしたものを「賃金台帳」といいます。労働基準法では、労働者ごとに、給与の支給、控除などの他にも次の内容を記載し、保存するよう定めています。この記載を省略している会社も多いようです。

①労働日数、②労働時間数、③休日労働時間数、④時間外労働時間数、⑤深夜労働時間数

これらは、給与計算の事務的な資料としてのみ扱われがちですが、社員の労働時間を把握しやすくするのに役立ちます。また、月々の労働時間を比較して年間の繁閑の状況などを見ることもできます。

(公開日 : 2023年01月20日)
今、医療業界の組織も装備すべき労働管理の基礎知識
人事・労務基礎講座I
迫る「働き方改革」に備え、医療機関や介護福祉関係で最も問題となる労働時間をはじめ、休日や賃金などの人事・労務の基礎知識を身につけていただけます。
今、医療業界の組織も装備すべき労働管理の基礎知識
人事・労務基礎講座II
医療機関や介護福祉関係でも関心の高い採用・配置転換から服務規律や安全衛生などの人事・労務の基礎知識を身につけていただけます。「働き方改革」にお備えください。