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1.自然災害時の労働基準法の取り扱いQ&A
2.【カスハラ】どのような行為が犯罪に当たるのかを理解しておく
(執筆者)社会保険労務士法人 伊藤人事労務研究所
1自然災害時の労働基準法の取り扱いQ&A
地震など大きな自然災害が発生すると、被災した企業は事業の継続が困難になってしまいます。直接的には被災していない企業でも流通に支障が生じるなど事業活動に大きな影響が出ることがあります。
このようなとき、労働者の賃金や休業手当はどう考えればよいのか、解雇は可能なのか、復旧のための残業は・・・など、労務管理の面でポイントとなる点をまとめました。
休業の場合、賃金の支払は?
自然災害により事業を継続できず休業する場合、労働者への賃金の支払義務はどうなるのかという問題があります。
休業する場合、あるいは一部の社員を自宅待機にする場合、仕事をさせていないので、基本的に賃金の支払義務はありません。会社の都合で社員を休ませる場合は、労働基準法の定めにより平均賃金の60%の休業手当を支払う義務がありますが、天災事変など不可抗力の場合は休業手当の支払い義務はありません。
ただし、自然災害の影響で休業する場合のすべてが不可抗力というわけではありません。
まず、自然災害により事業所の施設や設備が直接的な被害を受け、労働者を休業させる場合は不可抗力と言えます。
次に、取引先が被害を受け、原材料の仕入れが不可能となったことにより労働者を休ませる場合はどうでしょうか。厚労省が今回の能登半島の震災後に発表した「Q&A」では、取引先への依存の程度、代替手段の可能性、災害発生からの期間、使用者としての休業回避のための努力等を総合的に勘案して判断する必要があるとしています。
つまり、場合によっては不可抗力とは言えず、休業手当の支払い義務が生じるため慎重な判断が必要です。
通勤できない社員は?
この場合、仕事をさせていないため賃金の支払い義務はありません。会社の都合で休ませているわけでもないので休業手当の支払い義務もありません。
このようなケースについて「年休で処理」という企業もあるかもしれませんが、年休は本来本人が時季を指定して取得するもので、会社が一方的に付与できない点に注意が必要です。「年休を取ってはどうか」と促すことは問題ありません。
ここまでをまとめると表のようになります。
休業手当の支払い義務の有無 | ||
事業所の倒壊など 直接的な被害の場合 |
▶ | 休業手当の支払い義務なし |
原材料の仕入れ不能など 間接的な被害の場合 |
▶ | 休業手当の支払い義務が生じることも |
通勤できない社員の扱い | ▶ | 休業手当の支払い義務なし。 一方的な年休付与はできないが取得を促すことは可能 |
国の特例措置を利用
2011年の東日本大震災の際には、被災して休業した場合でも賃金を全額支払った企業がありました。
大きな災害が起きたときは、国も労働者や企業を守るために特例措置を設けて対応することがあります。
たとえば、雇用調整助成金については東日本大震災やコロナ禍で大幅に支給要件が緩和されました。今回の能登半島地震においても特例措置として支給要件の緩和がおこなわれています。こうした特例措置を利用して休業中の賃金を支払う方法もあるでしょう。
また、離職していなくても雇用保険の失業手当が受けられる特例措置もあります。
災害を理由に解雇するのはやむを得ない対応?
しかし、災害を理由とすれば無条件に解雇が認めらえるわけではありません。
災害で事業場が被害を受け、操業不能に陥ったため解雇する場合などはいわゆる整理解雇に該当すると考えられますが、整理解雇については裁判例で「解雇の有効性」の判断にあたって次の4つの事項が考慮されています。
- ① 人員削減の必要性
- ② 解雇回避努力義務
- ③ 人員選定の合理性
- ④ 解雇手続の妥当性
中でも②の「解雇回避努力義務」については、雇用調整助成金などを利用したかといった点も判断要素となります。国の特例措置を利用してできる限り雇用の安定を図ることが求められます。
解雇予告手当は必要?
解雇については、労働基準法で「解雇予告手当」や「解雇制限期間」の定めがあります。
解雇予告手当
30日前に解雇の予告をするか30日分以上の平均賃金を支払う義務
解雇制限期間
業務上の傷病により休業する期間とその後30日間、または産前産後休業期間とその後30日間は原則として解雇できない
いずれも「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」には例外的な取り扱いが認められています。解雇予告手当は必要なく、解雇制限期間であっても解雇できるというものです。
ただし、いずれの場合も所轄労働基準監督署長の認定を受ける必要があります。
なお、自然災害を理由とするもの全てが「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」に該当するとは限りません。
休業手当の支払い義務の説明でもふれたとおり、施設や設備に直接的な被害を受けた場合と、直接的な被害はなく仕入れ等が不可能になったケースでは判断が変わってくることがあります。
災害で賃金が支払えないときは?
災害で賃金の支払い義務が免除されることはあるのでしょうか。事業場が倒壊したり、金融機関の機能が停止して物理的に支払いが不可能な場合もあるでしょう。
しかし労働基準法には、天災事変などの理由による賃金支払義務の免除に関する規定はありません。
事業活動が停止し、再開の見込みがなく、賃金の支払いの見込みがないなど、一定の要件を満たす場合には、国が事業主に代わって未払賃金を立替払する「未払賃金立替払制度」を利用することができます。
また、先ほど紹介したように特例措置として雇用保険の失業手当が受けられる場合があります。
36協定を結んでいないがライフライン復旧のための残業は可能?
時間外労働や休日労働をさせるには、本来は事前に労使協定(通称36協定)を締結しておく必要があります。
しかし、災害などにより臨時に時間外・休日労働をさせる必要がある場合は、36協定を締結していなくても労働基準監督署長の許可を受けて(※1)必要な限度の範囲内で時間外・休日労働をさせることができます。
災害地以外の事業者が協力要請により災害地のライフライン復旧作業をおこなう場合も、状況によっては同様の取り扱いが認められます。
(※1)事態が急迫している場合は事後の届出可
復旧後、業務が増えて36協定の時間を超えそう・・・
災害直後には十分な企業活動ができなかったため、復旧後に業務量が増加し、36協定で定めた延長時間を超えてしまいそう・・・という場合があるでしょう。
その場合でも36協定で定める範囲を超える時間外労働をさせることはできないので、どうしてもという場合は新たに36協定を締結し直し、届け出る必要があります。
再締結する場合、対象期間の起算日を変更することは原則として認められないため、前回の締結分を上書きする形式をとるのがよいでしょう。
また、36協定で延長できる労働時間については、労働基準法が定める上限を超えることができません。
上限とは月45時間、年360時間で、特別条項を定めた場合でも年720時間以内、単月で100時間未満、2~6カ月平均で80時間以下となっています。
2【カスハラ】どのような行為が犯罪に当たるのかを理解しておく
顧客からの著しい迷惑行為、いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)が社会問題になっています。従業員を守るという観点からも、企業がカスハラ対策に取り組むことは重要です。
顧客に対して過度に責任を感じたり配慮しすぎると、落ち着いて対応できなくなってしまいます。
カスハラの中には刑法に触れるような悪質なものもあります。どのような行為が犯罪に当たるのかを知っておくことで、毅然とした態度で落ち着いて対応できることもあるのです。以下、代表的な違法行為を紹介します。
傷害罪(刑法204条)
人の身体に傷害を負わせたとき。15年以下の懲役または50万円以下の罰金
(例)
- 暴力をふるってケガをさせた
- 言葉による攻撃を繰り返し、相手をうつ病に追い込んだ
暴行罪(刑法208条)
暴行を加えたが傷害に至らなかったとき。2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金、拘留、科料
(例)
- 胸や胸ぐらを掴む
- ツバを吐きかける
威力業務妨害罪(刑法234条)
威力を用いて業務を妨害したとき。3年以下の懲役または50万円以下の罰金
(例)
- 怒鳴り散らし周りを騒然とさせる
- 店舗に執拗な迷惑電話をかける
- 机を叩いたり蹴ったりする
脅迫罪(刑法222条)
相手を脅して恐怖を与えたとき。2年以下の懲役または30万円以下の罰金
(例)
恐喝罪(刑法249条)
脅迫などで相手を怖がらせ金品を脅し取ったとき。10年以下の懲役。
(例)
強要罪(刑法223条)
脅迫や暴力を用いて相手に義務のないことをさせたとき。3年以下の懲役
(例)
不退去罪(刑法223条)
正当な理由なく、他人の敷地内に居座る。3年以下の懲役または10万円以下の罰金
(例)