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新型コロナウイルス感染症に係るワクチン接種の現状と課題

(執筆者)日本医師会総合政策研究機構 主任研究員 王子野麻代

(法律監修)銀座中央総合法律事務所 弁護士 高山烈


長らく続いた首都圏1都3県の緊急事態宣言が今月21日に解除されたものの、変異株という新たな脅威の拡大により、感染症情勢は依然として落ち着かない状況が続いている。

一方、感染拡大に歯止めをかける新型コロナウイルスワクチンの接種状況は混沌としている。2月17日から医療従事者等に対する優先接種が開始され約1か月が経つが、医療従事者等約470万人(注1)のうち3月23日時点で1回目接種を終えたのは66万7370人(約14%)、2回目接種まで終えたのは3万1756人(約0.7%)にとどまっている(注2)。その背景には、ワクチンそのものの供給量が限られていることはよく知られているが、運用上の課題が注目されることは少ない。そんななか、4月から優先接種と並行して、高齢者から順に一般接種が始まろうとしている。

そこで本稿では、新型コロナウイルス感染症に係るワクチン接種体制の現状を示しつつ、法律的な運用上の課題を考える。


1.新型コロナウイルス感染症に係るワクチンの接種体制

新型コロナウイルス感染症に係るワクチン接種は、令和2年12月2日に可決成立し、12月9日に公布、施行された改正法予防接種法(注3 ,4) において、感染症のまん延予防上緊急の必要があると認めるときに実施する臨時接種の特例に位置づけられている(注5)(改正法の詳細は2020年11月号にて紹介)。同法附則7条1項には、厚⽣労働⼤⾂の指⽰のもと都道府県知事の協⼒により市町村⻑が実施することが規定されているところ、かかる規定は改正法において追加された条文である。


予防接種法附則7条1項
厚生労働大臣は、新型コロナウイルス感染症…のまん延予防上緊急の必要があると認めるときは、その対象者、その期日又は期間及び使用するワクチン…を指定して、都道府県知事を通じて市町村長に対し、臨時に予防接種を行うよう指示することができる。…(略)

※傍線は筆者によるもの


以下、接種体制の概要を示す。

(1) 使用するワクチン(注6

現在使用しているのは、ファイザー社製の新型コロナウイルスワクチンである。全2回接種が必要であり、1回目接種後3週間の間隔をあける。このワクチン接種による新型コロナウイルス感染症の発症予防効果は約95%と報告されているが、ワクチン接種で十分な免疫ができるのは、2回目の接種を受けてから7日程度経って以降である。

(2) 対象者

接種対象は16歳以上の者(接種日時点)である。なお、明らかに発熱している方、重い急性疾患にかかっている方、ワクチンの成分に対し、アナフィラキシーなど重度の過敏症の既往歴のある方、予防接種を受けることが不適当な状態にある方はワクチン接種を受けることができず、その他に注意が必要な方(注7)はかかりつけ医に相談のうえ接種することが肝要である。

(3) 接種順位

ワクチンの供給量が限られていることから、厚生労働省は次のとおり接種順位を示している。医療従事者の「優先接種」の後に「一般接種」という大きな流れがあり、「一般接種」については重症化リスクが高い高齢者から順に行う方針である(下表)。

[表] 新型コロナウイルスワクチンの接種順位(令和3年3月19日時点)

①医療従事者等(注8 約470万人
②高齢者(※) 約3600万人
③高齢者以外で
 a 基礎疾患を有する方(注9 約1030万人
 b 高齢者施設等で従事されている方 約200万人
④それ以外の方 約750万人

※高齢者は、令和3年度中に65歳に達する、昭和32年4月1日以前に生まれた方


2.“優先接種”と“一般接種”の並行実施における課題

政府は4月から医療従事者等の優先接種と並行して、高齢者から順に一般接種を実施する考えを示した。冒頭示したように、現時点では医療従事者等の接種が終わっていない地域は多い。その背景にはワクチンそのものの供給量が限られている問題のほか、運用上の課題もある。例えば、医療従事者用のワクチンが余っている自治体から、まだ終わっていない近隣の自治体にそれを渡すことはトレーサビリティの問題があるといわれてきた。

また、高齢者に対する一般接種は、一定の場所に集まる「集団接種」と医療機関における「個別接種」の方法があるが、その担い手である医療従事者等は必ずしもワクチン接種を済ませていることは条件とされていない。しかし、住民の安全を考え、一般接種に関わる医療従事者等に対して住民に先行してワクチン接種の機会を設けようとすると、一般接種用として国から配分されたワクチンを、医療従事者用に活用することが可能なのかといった課題もあった。

河野内閣府特命担当大臣は3月15日の会見(注10)において、4月からの高齢者の接種開始に際して、ワクチントレーサビリティの問題については巡回接種を可能とし、一般接種の担い手である医療従事者等が住民に先行して一般接種用のワクチンを利用することは問題ないとするなど、「自治体の柔軟な対応をお願いしたい」という考えを示した。


3.おわりに

本稿では、新型コロナウイルス感染症に関わるワクチン接種体制の現状と運用上の課題を示した。新型コロナウイルスワクチン接種は、国の指示に基づく臨時接種の特例であること、法定受託事務であることからして、自治体は国が示した処理基準(注11)に基づき運用することが求められるという限界がある。そのため、地域において国の指示通りの硬直した運用がしばしば散見され課題となっていたところ、今般、国が自治体の柔軟な対応を促す考えを示したことは、地域にとってそれぞれの実情に応じた対応を後押しするものとなったのではないか。

4月には優先接種と並行して、高齢者から順に一般接種が始まる。一般にワクチン接種には、自らの身を感染から守るという個人的な利益のみならず、集団免疫をつくるという社会防衛の側面がある。集団免疫とは、ある病原体に対して人口の一定割合以上の人が免疫を持つと、感染患者が出ても、他の人に感染しにくくなるため、間接的に免疫を持たない人も感染から守られる状態のことをいう。これにより社会全体が感染症から守られることになる(注12 ,13)。そのため、個人の意思を尊重しつつ、より多くの方が円滑にワクチンを接種できる運用体制の実現が急務である。

その実現のためには、地域によって、自治体や医療従事者など接種に関わる人員確保状況、離島やへき地などの地理的な事情、コロナ医療を担う医療提供体制の充実度、感染流行状況等が異なることに鑑み、それぞれの地域がその実情に応じた運用を可能とすることが肝要である。

今後、ワクチンの供給量は徐々に増加する見通しであるところ、併せて運用上の課題解消への配慮も引き続き重要である。


[脚注]

  • 注1)厚生労働省健康局健康課予防接種室「新型コロナワクチンの配分について(医療従事者等向け第3弾及び高齢者向け第2・3クール)」事務連絡,令和3年3月17日.
  • 注2)厚生労働省ホームページ「新型コロナワクチンの接種実績」(2021年3月22日時点)
  • 注3予防接種法及び検疫法の一部を改正する法律(令和2年法律第75号)
  • 注4)厚生労働省健康局長「予防接種法及び検疫法の一部を改正する法律等の施行について」健発1209第2号,令和2年12月9日.
  • 注5)内閣官房、厚生労働省「新型コロナウイルス感染症に係るワクチンの接種について」令和3年2月9日.
  • 注6)厚生労働省ホームページ「ファイザー社の新型コロナワクチンについて」
  • 注7)ワクチン接種を受けるのに注意を要する方は、過去に免疫不全の診断を受けた方、近親者に先天性免疫不全症の方がいる方、心臓、腎臓、肝臓、血液疾患や発育障害などの基礎疾患のある方、過去に予防接種を受けて、接種後2日以内に発熱や全身性の発疹などのアレルギーが疑われる症状がでた方、過去にけいれんを起こしたことがある方、ワクチンの成分に対して、アレルギーが起こるおそれがある方などである。(厚生労働省ホームページ「新型コロナワクチンについてのQ&A」
  • 注8)「医療従事者等」は、新型コロナウイルス感染症患者(新型コロナウイルス感染症疑い患者を含む。)に直接医療を提供する施設の医療従事者等(新型コロナウイルス感染症患者の搬送に携わる救急隊員等及び患者と接する業務を行う保健所職員等を含む。)、自治体等の新型コロナウイルス感染症対策業務において、新型コロナウイルス感染症患者に頻繁に接する業務を行う者などである。
  • 注9)「基礎疾患を有する方」とは、①以下の病気や状態で通院/入院している方、②BMI30以上を満たす肥満の方、③重い精神疾患(精神疾患の治療のために医療機関に入院している、精神障害者保健福祉手帳を所持している、又は自立支援医療(精神通院医療)で、「重度かつ継続」に該当する場合)、知的障害(療育手帳を所持している場合)である。①に該当する病気は慢性の呼吸器の病気 ・慢性の心臓病(高血圧を含む。)・慢性の腎臓病 ・慢性の肝臓病(肝硬変等)・インスリンや飲み薬で治療中の糖尿病又は他の病気を併発している糖尿病 ・血液の病気(ただし、鉄欠乏性貧血を除く。)・免疫の機能が低下する病気(治療や緩和ケアを受けている悪 性腫瘍を含む。)・ステロイドなど、免疫の機能を低下させる治療を受けている・免疫の異常に伴う神経疾患や神経筋疾患 ・神経疾患や神経筋疾患が原因で身体の機能が衰えた状態(呼吸障害等)・染色体異常 ・重症心身障害(重度の肢体不自由と重度の知的障害とが重複した状態)・睡眠時無呼吸症候群である(厚生労働省健康局健康課予防接種室「新型コロナウイルスワクチンの接種順位の上位に位置付ける基礎疾患を有する者の範囲について」事務連絡,令和3年3月19日)。
  • 注10河野内閣府特命担当大臣記者会見要旨(令和3年3月15日)
  • 注11)厚生労働省「新型コロナウイルス感染症に係る予防接種の実施に関する手引き」は、予防接種法29条の規定により第1号法定受託事務とされている新型コロナウイルスに係る特例的な臨時接種に係る国、都道府県及び市町村の事務その他を総合的に示すものであり、当該内容については地方自治法245条の9に基づく処理基準という位置づけである。
  • 注12)厚生労働省ホームページ「新型コロナワクチンについてのQ&A」
  • 注13)現在、新型コロナワクチンによって集団免疫の効果があるかどうかは分かっておらず、分かるまでには時間を要すると考えられている(厚生労働省ホームページ「新型コロナワクチンについてのQ&A」)。
(公開日 : 2021年03月26日)
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