人事労務 F/U NO.58
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1.保険料で手取りが減る分をカバー「社会保険適用促進手当」とは
2.労使協定の労働者代表の正しい選出方法は?
(執筆者)社会保険労務士法人 伊藤人事労務研究所
1保険料で手取りが減る分をカバー「社会保険適用促進手当」とは
パートタイマーを社会保険に加入させるにあたり、保険料で手取りが減る分をカバーできるよう賃上げや手当の支給を検討しています。「社会保険適用促進手当」の支給が得だと聞きましたが、他の手当と何が違うのでしょうか。
手当が増えても社会保険料は増えないというメリットがあります。ただし、この特例的な取り扱いは最大2年間の措置となる予定です。
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現在、パートタイマーへの社会保険の適用拡大が段階的(※1)におこなわれていますが、パートタイマーによっては保険料負担によって手取り収入が減ることから加入したがらない人もいるようです。
そこで政府は、社会保険の加入にあたり、手取り収入を減らさないよう事業主が手当を支給した場合は、「社会保険適用促進手当(社保手当)」として特例的な取り扱いをすることを決めました。
(※1)現在101人以上規模
① 社会保険適用促進手当とは
通常、手当を支給した場合は標準報酬月額の算定に含めなければなりません。手当の額に応じて社会保険料も増える仕組みです。
今回政府が打ち出した「社保手当」は、標準報酬月額の算定に含めなくてよいというものです。つまり手当が増えても社会保険料が増えないということです。
たとえば年収106万円の人に本人負担の社会保険料と同額程度の手当(年額約16万円)を支給すると、手当が増えたことにより社会保険料がさらに2万円ほどアップして年額約18万円となります。
しかしこれを「社保手当」として支給した場合は、社会保険料が労働者負担・会社負担ともにアップしないのです。
これは「年収の壁・支援強化パッケージ」の1つとして期間限定で設けられた特別措置です。最大2年間の措置となる予定です。
② 手当はいくらでもいい?
社保手当として標準報酬月額の算定から除外できるのは、社会保険適用にともない新たに発生した本人負担分の保険料相当額までです。
厚生労働省の計算例(※2)では除外できる上限は下表のようになっています。
標準報酬月額 | 8.8万円 | 9.8万円 | 10.4万円 |
上限額(年額) | 15.9万円 | 17.7万円 | 18.8万円 |
なお、標準報酬月額の15%以上分を追加支給した場合はキャリアアップ助成金の対象となる場合があります(社保手当に限らず所定労働時間の延長などでも助成金の対象となります)。
(※2)厚生年金保険料率18.3%、健康保険料率(協会けんぽの全国平均)10.0%、介護保険料率1.82%で計算しています。健康保険料率は都道府県や保険者によって変わります。
③ 対象はパートタイマーのみ?
社保手当として特例的な取り扱いがおこなわわれるのは標準報酬月額が10.4万円以下の者に限られています。
これから新たに社会保険に加入する人だけでなく、公平性を考慮して同じ条件で働く、すでに社会保険が適用されている他の労働者にも手当を支給する場合は対象となります。(※3)
会社の規模は関係ありません。パートタイマーへの社会保険の適用拡大がおこなわれる事業所に限定されているわけではありません。
(※3)キャリアアップ助成金については、令和5年10月以降に社会保険保資格を新たに取得した労働者が対象。
④ 複数月分をまとめて支給してもいい?
支給のタイミングや方法はそれぞれの事業主が決めてよいとされています。毎月支払っても、複数月分をまとめて支払ってもかまいません。
ただし、どのように支給する場合でも標準報酬月額等の算定から除外することについて後で確認できるよう、「社会保険適用促進手当」の名称を使用してほしいとしています。
なお、毎月支払う場合は割増賃金の算定基礎に算入されます。
⑤ 就業規則の変更は必要?
社保手当を支給する場合、就業規則(または賃金規程)の変更が必要です。労働者の過半数代表者の意見を添付して変更後の就業規則を労働基準監督署に届け出る必要があります。
期間限定の特例措置のため、就業規則において、あらかじめ一定期間に限り支給する旨を規定しておくとよいでしょう。
2労使協定の労働者代表の正しい選出方法は?
総務部に新たに配属になりました。さっそく労使協定を締結するために労働者代表の選出の準備をしています。正しい選出方法を確認させてください。
管理監督者でないこと、民主的な選出方法であること、不利益な取り扱いをしないことなど、正しい選出のための要件があります。順に解説していきましょう。
① 正しい労働者代表の選出を
「時間外・休日労働に関する協定(通称「36協定」)」など労働基準法が定める労使協定を締結する場合、その当事者は次の順に判断します。
- 「労働者の過半数で組織する労働組合」がある場合は、その労働組合
- ない場合、「労働者の過半数を代表する者(以下「過半数代表者」という)」
労働組合の組織率の低下などから過半数代表者の正しい選出方法が重要になってきています。上記(1)については、組合員がパートタイマーやアルバイトを含むすべての労働者の半数を超えている必要があります。
大手広告代理店の過労死事件で、そもそも協定の当事者である労働組合が「労働者の過半数で組織する労働組合」ではなかったことが、事件後に明らかになっています。このことも、過半数代表者が正しいかどうか、厚生労働省がチェックを厳しくするきっかけとなっているようです。
正しく過半数代表者が選出されていない場合、労使協定などの効力も無効になってしまいます。
② 誰が代表者になれるのか
まず、過半数代表者となることができるのは、次のいずれにも該当する者です。
- 管理監督者ではないこと
- 協定等の代表者を選出することを明らかにしておこなわれた投票などで選出された者であること(使用者の意向により選出された者でないこと)
「管理監督者」とは、労働時間、休憩時間、休日に関する規制を超えて活動する経営者と一体的な立場の人で、一般に部長、工場長などです。
選出方法は投票の他、挙手、話し合い、持ち回り決議などの民主的な手続きにより、過半数が支持していることが明らかな方法とされています。
なお、管理監督者しかいない事業場では、一部の協定(貯蓄金管理協定、賃金控除協定、時間単位年休、年休日の賃金および計画年休の協定)において(2)の要件のみで足ります。
なお、労使協定の届出の際は、特に過半数代表者であることの確認資料などは提出しませんが、後日、協定の有効性を争われるときなどのために、投票などの結果を残すようにしましょう。最近ではメールなどで投票する方法を取っている会社も多いようですが、その内容を電子的に保存しておくのものよいでしょう。
③ 不利益取り扱いの禁止
「過半数代表者であること」「なろうとしたこと」「正当な行為をしたこと」を理由に不利益な取り扱いをすることが禁止されています。不利益な取り扱いとは、解雇、減給、降格などをいいます。
④ 事務への配慮が必要
使用者は、過半数代表者が協定等の事務を円滑におこなうことができるようにするために、事務機器、電子メールの利用、事務スペースの提供など配慮しなければなりません。
この配慮義務は、平成30年の施行規則の改正により設けられています。
⑤ 協定の届出後は周知も必要
36協定などは、監督署へ届け出るだけではなく、労働者へ周知することが義務になっています。周知するためには、作業場などの見やすい場所に掲示したり、パソコンなどで常時確認できるようにしましょう。
最近は、過半数代表者について正しい選出方法を実施しているか、監督署などがチェックするケースが増えています。自社の選出方法を見直してみましょう。